「氷」アンナ・カヴァン
- 作者: アンナ・カヴァン,山田和子
- 出版社/メーカー: バジリコ
- 発売日: 2008/06/04
- メディア: ハードカバー
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★★★★☆
先日、復刊されたばかりのアンナ・カヴァン不朽の名作「氷」。悲しいことに私が読んだのは昔のサンリオSF文庫版…。あぁ、5,000円も出して買ったあと積ん読してた「氷」がよもや復刊されるとは、夢にも思ってなかったよ…。ここは、オリジナル訳文の方が今回の改訳版より素晴らしいと信じることにしよう…(泣)
で、この小説、読む前は「氷が迫りくる破滅SF」としか捉えてなかったんだけど、読後の印象はひとことで言うと「氷が迫り破滅へと向かう世界を舞台にした、不条理で幻想的な究極のストーカー小説」って感じ。虐げられた少女にしか興味を示せない屈折した心の主人公が、戦火と迫り来る「氷」と全体主義国家の軋轢に苛まれながら、現実と幻想が妖しく交錯する不条理な世界で、一人の少女をいかに嫌われ蔑まれようと、ストーカーのごとく地の果てまでも妄執に捉われながら追い続ける物語。
物語のどこまでが現実でどこからが主人公の妄想なのか、主人公から少女をさらう長官は主人公の裏返しの姿にすぎないのか、迫り来る「氷」は全体主義国家がもたらす破滅の象徴なのか、この主人公はなぜここまで一人の少女に執着し、少女が少しでも幸せになると途端に興味を失い捨ててしまうのか…。読んでいて、こんな幾重もの想念が常に頭をぐるぐると回り、気が付けば不条理な世界に心地よさを感じ身を委ねていた感じ。そして、静かに迫る「氷」の圧倒的なまでに美しいイメージ…。
全体的な構成は破綻してるのかもしれないけど、この破滅と不条理と幻想が渾然となって醸し出す美しさに心が捉えられてしまう、そんな不思議な小説だった。感動はないが、心揺さぶられる傑作。でも、この自分勝手で女性蔑視の主人公には怒りまくる人もいるだろうなぁ…。