しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

ジョナサン・キャロル「パニックの手」(創元推理文庫)★★★★


パニックの手 (創元推理文庫)

パニックの手 (創元推理文庫)

黄昏の列車のなかで、ぼくは目を瞠るほど美しい親子と同席になった。妖艶で饒舌な母親と、うまく舌が回らず涙ぐむ娘。だが母親が急にぼくを誘惑しはじめ、逃げようとしたとたん、「いか、か、か、かないで、お願い!」娘が腕にかじりついてきた…。物語に潜む“魔”が筆舌に尽くしがたい余韻を残す表題作をはじめ、世界幻想文学大賞受賞作「友の最良の人間」など全11編を収録。(amazon紹介文より)

初めて読むキャロルの短編集。「フィドルヘッド氏」「おやおや町」「去ることを学んで」など、ラストで読者を置き去りにしてしまう突き放しっぷりはキャロルならでは。

この短編集は全部で11編が収録されているが、スーパーナチュラルな物語と、何ら不思議なことが起こらない「普通」小説が混在しており、読んでる過程ではその短編がそのどちらに属しているか判別できず、どのように物語が収束するのか予想がつかないことから、ある時は驚かされ、またある時は肩透かしを喰らわされ…となかなか楽しい読書体験を味わうことができた。

普通小説では、余命わずかな男性がファッションに目覚めていく「秋物コレクション」と、川向こうで釣りをする男性がこちらを向くかどうかにすべてを託す「手を振る時を」が、どうということはない話なのになぜか心に残る。逆に、地獄で延々とジェーン・フォンだの映画を見続けさせられる「ジェーン・フォンダの部屋」や、狼人間を見抜く犬を描いた「ぼくのズーンデル」などは、落ちも効いてる好短編なのだが、なんだかありきたりに思えてしまい、あまり好きではない。世界幻想文学大賞を取った「友の最良の人間」も同様。

全11編の中では、やはり表題作「パニックの手」が群を抜いて素晴らしい。吃音癖の少女と妖艶な母親の二人に列車の中で出会った男の物語なのだが、少女の正体が心底恐ろしい。ただ、私としてはラスト3行は必要ないと思う。無理に落ちを付けなくとも、余韻を残す終わり方の方がいいと思うのだが、これは意見の分かれるところだと思う。(評価:★★★★)