しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

「観光」ラッタウット・ラープチャルーンサップ(早川書房)★★★★★

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

闘鶏に負け続け、家庭を崩壊に追い込む父を見守る娘の心の揺れを鮮烈に描く「闘鶏師」。11歳の少年が、いかがわしい酒場で大人への苦い一歩を経験する「カフェ・ラブリーで」。息子の住むタイで晩年を過ごすことになった老アメリカ人の孤独が胸に迫る「こんなところで死にたくない」。失明間近の母と美しい海辺のリゾートへ旅行にでかけた青年の苦悩を描いた表題作「観光」他、人生の哀しい断片を瑞々しい感性で彩った全7篇を収録。英米の有力紙がこぞって絶賛し、タイ系アメリカ人の著者を一躍文学界のホープに押し上げた話題のベストセラー。(裏表紙紹介文) 

傑作。これはすごい。

著者はタイ系アメリカ人。タイ人が「ガイジン」に対して抱く感情が生々しく描かれており、登場人物たちの言葉*1はどれも痛烈。

タイという国を覆う現実をつぶさに描き出しているという点だけを捉えても本書は素晴らしいけど、私が本書を心底傑作だと思うのは、タイ固有のそうした事情を超えて心に訴えてくる普遍的な部分、つまり、親と子が互いに抱く複雑な感情や互いを思いやる情愛の気持ちなどが細やかに描かれていて、彼らの真摯な思いに心が揺さぶられるから。

どの短編もほんと甲乙付けがたいけど、泣く泣くどれか1編を選ぶとなると、やはり表題作の「観光」かな。失明間近い母親に美しい景色を見せようと旅行に連れ出す息子と毅然とした姿勢を失わない母。息子が母を見つめる目と母が息子に抱く思いが行間のいたるところに満ちていて、読んでいて胸を打たれます(8年前に病気で亡くした母のことをつい思い出してしまいました… )。

収録された7編はどれも、厳しい現実や過酷な生活、人と人が関わることから生まれる哀しみが描かれており、読み手に厳しく問いかけてくる決して甘くない物語ばかりなのですが、読後感として全然暗さを感じないのは、つらく厳しい現実の中でも前向きに生きていく彼らのやさしくてたくましい姿に希望の火が仄見えるからでしょう。

本書は、早川書房の新叢書「ハヤカワepi<ブック・プラネット>」の第一弾。こんな、いかにも売れなさそうな(ごめんなさい…)叢書を「翻訳小説冬の時代」に立ち上げ、いきなりこんな傑作を出版してくれた早川書房にはほんと大感謝です。これからも期待しています! 次はヤスミナ・カドラの「カブールの燕たち」を読まなきゃ。(評価:★★★★★)

*1:「(観光客が求めているのは)セックスと象だよ。(中略) あの人たちが本当にやりたいのは、野蛮人の群れのようにばかでかい灰色の動物に乗ること、女の子の上で喘ぐこと、そしてその合間に海辺で死んだように寝そべって皮膚ガンになることなんだよ」等々