「密会」ウィリアム・トレヴァー
- 作者: ウィリアムトレヴァー,William Trevor,中野恵津子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/03/01
- メディア: 単行本
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★★★★
訳者あとがきにあるように「小さな世界に生きる卑小な人間の、ほとんど取るに足らないような出来事」が描かれた短篇集。とはいえ、物語がつまらないかといえばそんなことはなく、悲しみを背負った人たちの姿をありのままに描き出した作品はどれも味わい深く、そして心に苦い思いと深い余韻を残してくれる。
たとえば収録作の一つ「夜の外出」。とある劇場のパブで、紹介所を通して初めて出会った男女。男は売れない写真家で、女性には重いカメラを運ぶ運転手としての役目と食事を奢ってもらうことしか期待していない。そして、そんな打算的な心しか持たない男が、彼女と出会い生まれ変わっていく…という風になればよくある感動的な物語だが、そんなありきたりな展開には決してならず、男は最後まで自分勝手で、二人は最後まで心を通わせあうことなく別れてしまう。だけど、物語のラストで描かれる男のほんのささいな変化、この一条の光、この不思議なきらめきが、うまく言えないんだけどこの作品をとても非凡なものとしている(う〜ん、これは読んでもらわないと絶対にわからないと思う)。この淡い余韻を持った不思議なラストは、不倫の男女が別れる日を描いた表題作にも垣間見られる。
他にも、不倫をする母の愛人に対してある行動を取る少女の物語「孤独」や、聖像を彫る才能を持った夫がわずかなお金のためにその夢を断念する悲しみを描いた「聖像」、妻の不倫を知りつつも黙って耐える先生に涙する少女の物語「ローズは泣いた」など、悲しみがいつまでも心に残る、そんな作品がいくつも本書には収められている。感動的なわけでも、リーダビリティが高いわけでもなく、むしろ悲しく暗い気分になる作品ばかりなのに、何だろう、この不思議な余韻はなぜか捨てがたい。誰にでも勧めるといった作品ではないけれど、少なくとも新潮クレスト・ブックスを今まで愛読してきた人ならば、気に入るんじゃないかなと思う。
※この作品が気に入ったので、もう1冊の邦訳短編集「聖母の贈り物」(国書刊行会)をさっそく今日買ってきてしまいましたわ…。