しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

マイケル・マーシャル・スミス「みんな行ってしまう」(創元SF文庫)★★★★☆

みんな行ってしまう (創元SF文庫)

みんな行ってしまう (創元SF文庫)

M・M・スミスは、ぶっとびSFハードボイルド「スペアーズ」(感想はこちら→「スペアーズ」感想)しか読んだことがなかったが、この作品はガラリと趣が異なったSFホラー短篇集。
まず、冒頭わずか8頁の表題作にいきなり打ちのめされてしまう*1。「死」によってではなく「生き続ける」ことによってもたらされる喪失感を、こんな短い物語でここまで鮮やかに描くとは…。読後、いつまでも寂寥感を拭うことができない傑作。本書を読もうかどうしようか迷っている人は、立ち読みでいいので(たった8頁なので)最初の表題作を読んでほしい。で、全然ダメだったらもうあとは読まなくていいと思うが(笑)、少しでも感じるものがあれば、残りの短編も期待は裏切らないと思う。
「死」を受け入れられない男を描いた「あとで」や「バックアップ・ファイル」もなかなかいい。これらの物語が描き出す恐怖は、永遠に喪われたものに対する執着心がもたらす悲劇であり、その結末はあまりにやりきれなく悲しい。この、心にポッカリと穴が開いたような虚無感の底知れなさが、いつまでも心に余韻を残す。
他の作品も、どれも派手さはないものの、何かしら心に残る作品が多い。なかでも傑作なのが、田舎町に突然やってきた一人の絵描きの物語「猫を描いた男」(英国幻想文学大賞受賞作)だ。ストーリーそのものはありきたりで、途中でオチまで読めてしまうにもかかわらず、M・M・スミスの筆力によって、静かな味わい深い作品に仕立て上げられている。
最初それほど期待せずに読み始めただけに、ここまで面白いとはうれしい誤算。残念なのは、こうした想わぬ収穫とも言うべき短篇集も、新刊月にしばらく平積みされたあとは棚に並べられてしまい、一般の人が手に取ることは皆無に近くなってしまうということだ(いや、海外SFや海外ホラーのファンでも、手に取る人は少ないのではないだろうか)。笹井一個の表紙も、この作品集の雰囲気をうまく表現した素晴らしいものであるだけに、このまま埋もれてしまうのは惜しいと思う。(評価:★★★★☆)

*1:ふと思ったのだが、この表題作「みんな行ってしまう」は、萩尾望都がマンガ化すれば、さらに味わい深いものになると思う。