しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

「一瞬の風になれ」佐藤多佳子(講談社)★★★★

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-

 
一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ-

一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ-

 
一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

主人公である新二の周りには、2人の天才がいる。サッカー選手の兄・健一と、短距離走者の親友・連だ。新二は兄への複雑な想いからサッカーを諦めるが、連の美しい走りに導かれ、スプリンターの道を歩むことになる。夢は、ひとつ。どこまでも速くなること。信じ合える仲間、強力なライバル、気になる異性。神奈川県の高校陸上部を舞台に、新二の新たな挑戦が始まった――。(Amazonの紹介文より)

短距離走がテーマで、主人公の二人がライバルで…って聞いていたので、どんなスポ根ドラマかと思ったらさにあらず。まあ、確かにライバルがいて、自分との戦いがあって、同じ陸上仲間の好きな女の子がいて…と青春スポーツものではお約束の設定なんだけど、その描き方が今までのこの手の物語と少し違う。ひとことで言うと「相手に勝つ」ことを描いたドラマではなく「ただひたすら(それまでの自分よりも少しでも)速く走る」ことを描いたストーリーなのだ。


主人公の新二はこうしたスポーツものには珍しくイマ風の高校生で(なんせ頭は黄色だし、ファッションにうるさいし)、「速くなりたい」という強い思いを精神論や根性でもって(泥臭く)実現していくのではなく、いろいろ思い悩みつつも、あくまでも技術論に主体を置いて理論的に一歩一歩弱点を克服し成長していく点が(そして、そんな風に少しずつ速くなっていく自分に純粋に喜びを感じる主人公が)とても新鮮。100m走は才能だけど、400mリレー(4継)っていうのはバトンの受け渡しのテクニックがすべてで、互いに励ましあったりぶつかりあったりしながらも「どうすればもっとうまくできるのか?」ってことに腐心する主人公たち。「あ〜、今の体育会系のまじめな高校生って、日々こんな風に(こんなノリで)自分の力を伸ばすことばかり考えてるんだろうなぁ」って読んでて思えてきて、そこのところが面白かった。(だからこそ、2巻の中心となる兄・健一の○○のエピソードだけが、なんか昔ながらのスポ根ものに出てきそうな話で、ここだけ妙に全体から浮いてるように思えて残念でした。)


あと、萌え要素としては、多くの人が新二と連の関係を挙げるでしょうが、私としてはやはり谷口若菜にとどめを刺しますね。いや〜、このけなげな一途さはツボでしたわ。


というわけで、青春スポーツ小説として読んで損はないおすすめの1作。でも私としては、同じ「走ること」をテーマとした小説ならば、「走り」のエリートの飽くなき探求を描いた本書よりも、「走り」の素人や落ちこぼれたちが汗水流して頑張りまくる「風が強く吹いている」(三浦しをん)の方が何倍も面白かったし、愛して止まない物語ですね。まあ、どちらを推すかは好みの問題なんですけど。(評価:★★★★)