しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

「イリアム」ダン・シモンズ(早川書房)★★★★★


イリアム (海外SFノヴェルズ)

イリアム (海外SFノヴェルズ)

むちゃくちゃ長いのにちっとも飽きさせない。いや、これはマジで面白いわ。

物語は3つのパートの同時進行。最初のパートでは、テラフォームされた火星でギリシャ神話の神々や英雄たちが「イリアス」さながら戦うんだけど、傷ついた身体の再生やテレポーテーションが当たり前の世界で戦うこれらの神々って一体何者? そもそもなんではるか未来の火星でこんな過去をなぞる戦いが? っていう興味だけでもぐいぐい読めされちゃうんですよね。さらには観察者ホッケンベリーの暴走(?)でじわじわ歴史が改変されていくさまが、ギリシャ神話を全然知らなくてもすこぶる面白いのなんの。

2つめ、木星の衛星「エウロパ」に住む半機械生物モラヴェックのでこぼこコンビ、なぜかシェークスピアプルーストおたくの2人が謎の使命を帯びて火星に赴くパートは、掛け合い漫才のような会話にニヤニヤしつつ2人の友情にほろりとさせられるし、火星で繰り広げられるギリシャ神話のパートと終盤絡み合うあたりなんてもうゾクゾクさせらっれぱなし。

もう一つ、ポストヒューマンに知識と文化を奪われ享楽的な100歳きっかりの人生を生かされている古典的人類の男女3人が、世界の謎を探るため軌道リングへ去ったとされるポストヒューマンを探す旅に出る第3のパートは、そこで明かされていく「真実」もすごいんだけど、もっともダメ人間だったディーマンが冒険を経る中で信じられないくらい変わっていく成長物語としても読めて、これがまた面白い。

いやもう、思いっきり広げまくった3枚の風呂敷をようやく畳み始めたところで本書は終わってるんだけど、もうここで読むのやめちゃってもいいやと思えるくらいこってり堪能しましたわ。今年のベスト級の面白さ。むしろ、全面戦争に突入して物語が収束に向かう次の「オリュンポス」は、逆に失速しちゃって面白くなくなるのでは? という不安がもたげるくらい…。でもまあ、酒井さんがあとがきで「いや、すっげーんだ、この続きがまた」って書いてらっしゃるので杞憂なんでしょうけど。あまり間が空くとだれるので来年にはなんとか刊行してほしいですね。(評価:★★★★★)