「朧の森に棲む鬼」
「朧の森に棲む鬼」
作 :中島かずき
演出 :いのうえひでのり
出演 :市川染五郎、阿部サダヲ、秋山菜津子、真木よう子、
高田聖子、粟根まこと、小須田康人、田山涼成、古田新太市川染五郎インタビュー → http://eplus.jp/sys/web/theatrix/special/oboro.html
市川染五郎と劇団☆新感線のコラボ、久々の「新感染」ということでかなり期待して観ましたが、期待以上の出来。染五郎の今回の役柄は今までとは違い、徹底的な悪役。朧の森の鬼と密約を結び、舌先三寸でのし上がって行く様が観てて小気味よく、休憩を含めて3時間半の長丁場にもかかわらず最後まで飽きさせない(いやそれどころか、ストーリーが面白くて目が離せない)徹底したエンターテインメントぶりは、さすが「いのうえ歌舞伎」。
染五郎が放つ色気はゾクゾクするほどで、前回観た「阿修羅城の瞳」の頃よりも格段にパワーアップしてるし(女性のみなさんが嵌るのも納得(笑))、阿部サダヲとのコンビも予想以上にいい味を出してるし。染五郎演じる「ライ」はほんと血も涙もない悪党で共感できる要素は皆無なんですが、にもかかわらずラストではそこはかとない哀しみを漂わせ、観る者に憐れみを感じさせるのは、染五郎が演じてるからこそなんでしょうね(これは意識したものなのか、それとも自然と滲み出るものなのか…)。それにしてもこれだけの豪華キャストでこんなに面白い娯楽大作を観れるなんて、ほんと芝居はやめられませんわ。
でも、ここまで素晴らしいからこそ、ちょっと意見を言いたい点もいくつか。
まず残念に思ったのは、古田新太を100%生かしきれてないこと。特に前半はほとんど目立ったところもないし。後半からラストにかけてようやく活躍するものの、まだまだ不十分。できればライの悪に張り合うくらいの、ライとは違った形での悪(わる)ぶりをもっと体現してほしかった。
染五郎演じるライについては、なぜあそこまで権力の座を登りつめようとするのか、どうしても理解しきれなかった点が残念。確かに、せっかく掴んだチャンスを逃さず、今までのどん底の暮らしから抜け出したいと願う気持ちはわかるものの、あそこまで何もかもを裏切ってまで悪の化身と成り果てていく動機付けが描ききれてないような気が…。朧の鬼に心を狂わされたから…と言ってしまえばそれまでですが、「ああ、ライはこんな生い立ちだから、こんな地獄のような苦しみを経験してきたから、こんなひどい目にあってきたから…」などなど、ここまで鬼と化していくことを観る者に実感させる演出が最初の方でもう少しあったならば、芝居ももう少し深みが増しただろうに…と思います。これは個人的な好みですが、最後まで悪に徹しきるのではなく、最後の最後で人間的な心を取り戻し、後悔と慙愧の念にのた打ち回って苦しみつつも、時すでに遅くはかなく死んでいく…というストーリーならばもう少し気持ちが入り込めたかな。
あと、これは仕方がないことなんだけど、阿部サダヲがいつもの50%以下くらいのテンションしか出してなかったこと(笑)。まあ、いつもの「大人計画」のテンションでやっちゃうと芝居が壊れてしまうので、この芝居ではこれくらいでちょうどいいんですけどね(苦笑)
ストーリーについては、エーアン国とオーエ国の対立の構図が単に説明だけで終わってて十分描ききれてないなぁ…とか、いくらライの舌先三寸の嘘が巧みとはいえ、みんなあまりにも騙されすぎ、もうちょっと学習しろよ(笑)とか、言いたいことはいろいろありますが、「娯楽作品」として観た場合、その徹底的に面白さを追求した物語と演出は素晴らしく、ここまで面白いものを観せてもらえてほんとうれしいというのが正直な気持ちです。でも、しつこいようですが、ライという人間をもっともっと掘り下げて心の裡まで描ききれば、さらに深みのある、心にいつまでも深々と残る作品に仕上がったかなぁと思ってしまうんですよね。そこまで要求するのはちょっと酷かなぁ…。
それにしてもまあ、染五郎って何であそこまで「華」があるのか…。男ながら惚れてしまいそうなくらい美しい。いずれにせよ、なんとかしてもう1回、今度はもう少しいい席で観てみたいなぁと思います。ちょっとスケジュール的にも金銭面でも厳しいんですが…。