しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

ロアルド・ダール「キス・キス」(異色作家短篇集1)(早川書房)★★★★☆

キス・キス (異色作家短編集)

キス・キス (異色作家短編集)

ついに再刊となった異色作家短篇集の第1弾。やはりロアルド・ダールはうまい。実業家としての成功を夢見て都会にやってきた青年が遭遇する運命を描く冒頭の「女主人」など、わりとすぐにネタがわかってしまうにもかかわらず巧みに最後まで読ませてしまう。「ウィリアムとメアリイ」も、死んだあとも脳だけで生きながらえるという基本のアイデアに目新しさはないものの、こうしたマッドサイエンティストものを夫婦間の確執ものに昇華させるところが心憎い。また「牧師のたのしみ」と「ビクスビイ夫人と大佐のコート」は、ともに「策士、策に溺れる」という諺を絵に描いたような作品。特に「牧師のたのしみ」は傑作で、皮肉な結末には思わず「ご愁傷様」とつぶやきたくなってしまう。
もう語り始めたらキリがないくらい傑作揃いなのだが、なかでも一番驚いたのは「豚」だ。あまりにバカげた理由で生後12日目にして孤児となった主人公は菜食主義者の伯母に引き取られ、成長するにつれ天才的な料理の腕を見せ始める。やがてレパートリーが九千を超える頃、伯母が亡くなったのを機に彼はニューヨークへとやってくるのだが…。いやぁ、こうした展開の物語がよもやこんな幕切れとなるとは…。ロアルド・ダールは一体何を考えてこんな作品を書いたのだろう? 唖然となること間違いなしの傑作。
上記以外の収録作も、どれもこれもみんな素晴らしいので、とにかく読んでほしい1冊だ。(評価:★★★★☆)