しゃんぶろう通信

姫川みかげ です。ミステリやSFの感想など。

恩田陸「チョコレートコスモス」毎日新聞社(★★★★☆)

チョコレートコスモス

チョコレートコスモス

「まだそっち側に行ってはいけない。そっち側に行ったら、二度と引き返せない。」幼い時から舞台に立ち、多大な人気と評価を手にしている若きベテラン・東響子は、奇妙な焦りと予感に揺れていた。伝説の映画プロデューサー・芹澤泰次郎が芝居を手がける。近々大々的なオーディションが行われるらしい。そんな噂を耳にしたからだった。同じ頃、旗揚げもしていない無名の学生劇団に、ひとりの少女が入団した。舞台経験などひとつもない彼女だったが、その天才的な演技は、次第に周囲を圧倒してゆく。稀代のストーリーテラー恩田陸が描く、めくるめく情熱のドラマ。演じる者だけが見ることのできるおそるべき世界が、いま目前にあらわれる!(amazon紹介文より)

ちまたの噂どおり、これはほんとに面白い! 恩田陸自らが語っているように、本書はあからさまなほど「ガラスの仮面」に対するオマージュそのものであり、「ガラスの仮面」の熱烈なファンである私は、読み終わるのがもったいなくて困ってしまったほど。いやぁ、久々に至福の読書体験を味わうことができました。「ガラスの仮面」ファンは死んでも読むべし!

主役である女性二人、一人は今まで演劇経験がまったくないにもかかわらず、本能によって誰もがまったく予想できない演技を見せる天才少女。彼女が演じることによって、見えない情景が目の前に見えたり、一度観た芝居のせりふは全部覚えてたり、日ごろはまったく目立たないのに演技のことになると恐ろしいまでの集中力を見せ、どんな人間にもなりきり周囲を震え上がらせる…といった、何から何まで北島マヤを思い起こさせるキャラクター。一方、もう一人の女性は、小さい頃から芸能界に身を置くサラブレッドで、数多のキャリヤを積んできた華やかな女優。しかし、実態は努力の人であり、常に自己の限界に苦悩する…といった、まさに姫川亜弓を彷彿させる造形で、こうした設定だけを見ても、恩田陸の確信犯ぶりが窺えます。

ちなみに本書、「ガラスの仮面」ファンには絶対のおすすめですが、それは何もこうした設定が似通ってるからだけではありません。「ガラスの仮面」が圧倒的に面白いのは、他の様々な演劇もの(映画ものやドラマものも含む)が舞台を「取り巻く」ドラマや主人公の「内面の苦悩」などに重きを置いた面白さであるのに対し、「ガラスの仮面」は「主人公がこの役柄をどう演じるのか?」とか「この絶対絶命のピンチをどんな演技で切り抜けるのか?」といった「演技そのもの」の面白さで直球勝負しているからなんですよね。北島マヤの想像もつかない演技に観客と同じ視点でハラハラドキドキと期待に胸を膨らませ、興奮のあまりページを繰る手ももどかしく感じられる…これこそが「ガラスの仮面」が持つ無類の面白さだと思います。

そしてそして! 本書のすばらしいところは、まさに上記とまったく同じ期待と興奮を味わうことができる点なのです。無理難題とも言えるオーディションに主人公が天性の本能で立ち向かい、観客(読者)の期待をいい意味で裏切り続けてくれる展開には、読んでてゾクゾクさせられっぱなしであり、思わず鳥肌が立つほどの面白さ! こうした至福をいつまでも味わい続けていたいと思うからこそ、「たった一冊の分量で物語が終わってしまうこと」が唯一の欠点だと思わず言ってしまいたくなるほど。「所詮「ガラスの仮面」の二番煎じ」とか「本家を超えていない」とかマイナス評も聞こえてくるけど、ここまで読み手を楽しませてくれる作品はそうめったにありません。むしろ私は、「ガラスの仮面」の面白さのエッセンスをこれほどまでにうまく抽出してひとつの作品に仕立て上げた恩田陸の力量に素直に脱帽したいですね。ほんと読んでて、あたかも美内すずえがマンガ化したかのごとく、彼女の絵柄やコマ割りがずっと頭に思い浮かんでたくらいですから。

本書は、主人公二人の対決そのものよりもむしろ、主人公二人が「舞台の上の暗がりの奥にあるもの」を垣間見ることを物語の帰結としており、この点が「ガラスの仮面」と構造的に異なる点ですが、明確なゴールがイメージできていたからこそ、恩田陸の作品としては珍しくラストで失速せず、見事に着地できたんじゃないでしょうか。ラストは若干こじんまりとまとまってしまった嫌いもありますが、物語としての完成度は高く、国内エンターテインメントとしては今年のベスト10間違いなしの傑作だと思います。あぁ、恩田陸がすでに本屋大賞を受賞してしまっているのがほんと残念…(というか、二度受賞ってあり?)(評価:★★★★☆)